「世界は劇場、ふつうの人もみんな演技して生きてるのに、なお演技をするのはどうしてなんですかね?」
これが役者を生業としている方に言う言葉か。
大先輩の北見敏之さんに初対面のときに酔って言ってしまった。
今思えば最悪の出だしだった。
当然、BAR殿山の初日にして私は出入り禁止となった。
何とかその後許していただいて
でも私のイメージは北見さんの中で「デーモン」として完全に定着、
私は私で泥酔し続けて相変わらずくだを巻いていた。
先日、北見さんと珍しく素面から飲み始めたときのことである。
北見さんがつぶやいた。
「天野はバケモノだと思っていたが、お前にもストレスがちゃんとあってやっぱり人間なんだな。ほっとしたよ」
なんだか変な話だがとてもうれしかった。そうして気づいた。普段演技せざるをえない日々にあって
酒は私のあえてしている演技の場、
「オレだってちゃんと芝居してるじゃんか。意識のあるなしはいろんな意味で別として」
初対面のときにはいた暴言の答えが少し見えたような気がした。
その北見さんの映画である。
私見だが、どうも北見さんは映画を作ることによって演じることから次元を変えて出ようとしているのではないか。
どの映画も定点観測的で引きのカメラ、その中の役者たちに芝居を強いないようにしているように見える。
劇というより、「現象」というか。
そういう客体に対する一定の距離感のようなものを北見さん自身にも感じるし、「水」より「風」を選んでいるのかもしれない。
キレイな人なのだと思う。
北見さんとは知り合ってずいぶん時間がたった。
今も私は酔い続けているが、たまにこの酔眼にもふっと映るものがある。
花の未来を知るために種を知ればいいように北見さんの調子や、オーラのようなものの変化が見える時がある。
デーモンは時々、北見さんのお抱えの占い師でいるときもある。
詳細は北見さんご本人に聞いてほしい。
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